
ムーチー(鬼餅)むかし話
文 :ぜんざいなおみ 絵 :いらすとや /イラスト沖縄

ムーチーのむかしばなしは、調べてみると色々有るので
今回はその一つを箇条書きで書きたいと思います。
首里の金城町か南風原にあった話しらしい。
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父親と兄アヒーと妹ウターが仲良くくらしていた。
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大人になった妹ウターは久高島にお嫁に行った。
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しばらくして父親も亡くなった。
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残された兄アヒーは、さみしさのあまり、なまけ者になった。
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なまけ者になった兄は近所の家畜の牛や豚を食べはじめた。
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それを7回くり返した。
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そのつど、マジムン(魔物)に1つずつマブイを食べられた。
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7つのマブイがゼロになってしまった兄アヒーはマジムンになった。
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それから食べ物が無くなると人間を食べるようになった。
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うわさを聞き付けて兄アヒーを心配した妹ウター。
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妹ウターは娘と一緒に久高島から兄アヒーをたずねて海をわたって来た。
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兄アヒーは妹ウターに娘をおいていけと言った。
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妹ウターは危険を感じて娘をトイレに行かせたいと言った。
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兄アヒーはトイレに行く妹ウターと娘が逃げないようにロープでしばりつけた。
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妹ウターはロープをほどいて柱にくくりつけた。
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妹ウターの返事がないのでその親子はロープをほどいて、にげたことに気づいた。
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妹ウターと子どもは浜辺のサバニ舟まで走って逃げた。
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兄アヒーは妹ウターと娘の後を追いかけた。
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妹ウターは兄が追いかけて来るので間に合わないと思いサバニ舟をひっくり返しその下に娘とかくれた。
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兄アヒーはサバニ舟の下にかくれた妹ウターと娘に気づかず食べそこなったので、くやしがりながら家に帰った。

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しばらくして、また妹ウターは兄をたずねて急に帰った事をあやまった。
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おわびの印に密かに瓦をまぜたおモチを兄アヒーと食べた。妹ウターは瓦の入ってないおモチを食べた。
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兄アヒーは鬼になったので瓦も気にせずガツガツ食べた。
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人間でなくったと思った妹ウターは兄アヒーを崖
ガケからつき落として退治した。
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村人は家畜や子どもの被害がなくなり妹ウターの勇気と瓦入りのおモチをほめ讃えた。
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それから魔よけのムーチー(鬼餅)は子どもの健康も祝う行事になった。
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以上。
マジムンの話なのでホラーなむかし話ですね。
ムーチー(鬼餅)自体は魔よけの意味なので美味しくいただきましょう。
文 : ぜんざいなおみ

沖縄と馬
文:みかつきなお 絵:いらすとや
午年です明けましておめでとうございます。
ことしも週一で投稿続けますのでよろしくお願いいたします
沖縄に馬がやってきたのはいつかはわからない。
しかし本土からやってきた人々が農耕のためつれてきたことは間違いない。
馬が文献に現れるのは、明との冊封貿易に輸出品として察度王の頃約40頭と硫黄五千斤を送ったという記述がはじまり。
しかし沖縄の馬は小型で、軍用には向かず、その代わり持久力と山登りに耐えうる体力があり、明国南部で輸送馬として使われたと思われる。馬は皇帝に対する礼としての意味合いで、明が欲しかったのは火薬の原料の硫黄で、欧米よりも早く火薬を使った武器を元から使っていた。
時を昭和に移そう。車がなかった頃は馬に荷車を引かせていた。それが沖縄の戦後復興だった。
車が普及して行くと馬は少なくなり、730(ナナサンマル)車が左側通行に変わった時、軽車両である馬も右から左に移らなければならないが、馬がいうことを聞いてくれないw。馬主は苦労しただろうな。
そしてしばらくのち私は道路に落ちていた馬糞を踏んでしまった。小学校の友だちは私に「バーリア」言って逃げていった。多分沖縄で最後に馬糞を踏んだ子供だろう。もう馬の姿は見られなくなった。
ああ、モンゴル行きたいな。世界を征服した馬の
末裔に会ってみたい。またうん◯を踏んで運をつかみたい。皆様も運をつかむ良い年になりますように。
