じゅり馬祭り〜女達の艶やかな舞台〜
リポートとともに辻の街の歴史と文化を考える。
序文 辻と聞いてソープとラブホ、風俗営業の事だけ考える人はまず出ていってください。
私は江戸の吉原と同じく、昔の辻は文化の発信地ではなかったかと思っています。
証拠としてじゅり馬祭りも文化と信仰に基づいた祭りだということが見えてきました。
しかし、主催者とのインタビューを試みてみましたが、こちらの質問に答えられる方がいらっしゃらないとのことで、主催者側が
話合いをしてから私に連絡とのことでした。 つまり信仰の伝承が途切れているわけです。それをいずれ追求していきますか、パート1としてまつりの賑わいを書いていきます。
そこで、意外に根深い誤解がありますが、現在、じゅり馬パレードの女性には「本職」の方はおられません。みなさん琉球舞踊家と一般公募で練習された方々です。念の為に言っておきます。まあ、一般公募に本職さんが混じっているかもしれませんが。
いたとしたら辻を愛している方でしょう。
さて、お祭り当日は快晴の初夏のような3月8日
旧暦の1月20日がじゅり馬祭りの日です。
辻の一角にある「御嶽の丘」をバックに作られたステージと前の道路で祭りは行われました。

露払いはミルク神さまです。弥勒菩薩が沖縄に伝わり五穀豊穣の神となりました。

獅子舞です。本土と違って二人で前足、後ろ足を担当し、動物的な動きが沖縄の獅子舞です。
どこかでみたおじさんが…有名人です。写真無し。

舞台上では琉球古武術が披露されていました。色々な「型」や武具が使われていましたが、ヌンチャクが使われていたのにはびっくりしました。
中国由来なんですね。

辻村跡遺跡と書いてある説明文は「御嶽の丘」
の手前にあり色々と辻の歴史を書いている。ここが辻の中心であったことがわかる。

数年前見た時にはここでウガン(お祈り)してから祭りスタートだったので、ここが重要な御嶽かもしれません。

御嶽の丘に登ってみる。ご神体のない香炉に新しい30円が。謎は後日

神名と辻開祖、そして貸座敷組合建立の戦前の碑文がいくつもありました。貸座敷、何となく想像できますね。

古くなって放置された説明板。しかしここに重要なことが!後日研究後、辻シリーズパート2にて。

鎧武者がズラリ、沖縄史に関係あるのか?まあ祭りですから賑やかに。

メインのじゅり馬行列がやってきました。

若いじゅりさんにこやかな表情


演舞がはじまりました。沢山撮りました。

こんどは男達の祭り、旗頭行列。沖縄には神輿がない代わりに男達の出番はやはり旗頭。
喜納昌吉さん、お祭り男!(写真無し)
インタビューする川満先生と喜納昌吉御大。貴重なショット。(写真無し)

陸上自衛隊第15音楽隊による演奏。迫力あります。
祭りのシメはハイサイおじさん!みんなで踊ってお終いでした。(写真無し)

美人のじゅりさんを見つけて一枚。お疲れ様でした。
今回は観客目線でのレポートにしました。
この祭りは沖縄史における、文献に載らない女たちの歴史があるとおもいます。少しづづ謎を解き明かしつつ「辻シリーズ」を掲載していきたいとおもいます。
そもそもじゅりさんはなぜ馬に乗っているのか?
いつかその謎にたどり着くまで研究と取材をします。
ではお祭りに関わった皆さんお疲れ様でした。

似た武器に三節混とかいうのがあるが、ヌンチャクは沖縄発祥という話、本、漫画が多くある。