プロローグ総集編

「カナ、いつまで寝てるね。もうお昼よ。カラスが笑ってるよ」
祖母カメの鋭い声と、仏壇から漂う線香の香りが、微睡みの淵にいたカナを叩き起こした。
2012年、夏。那覇・国際通りから少し入った、古い歴史を持つ「字壺島(あざつぼしま)」の周辺は、台湾や中国からの観光客で溢れかえっていた。大学を卒業したものの、埼玉での就活に失敗したカナは「ルーツである沖縄で働きたい」という聞こえのいい言い訳を盾に、祖母の家に居候して3ヶ月。半分観光気分のニート生活を満喫していたが、現実は甘くない。
そんな折、携帯が震えた。画面には大学の先輩・小野田寛志の名。
「カナちゃん、今すぐ字壺島の『ホテルレキオパレス』に来て! 観光客が多すぎて清掃がパンクしてるんだ!」

慌てて駆けつけた12階建ての白いビル。フロントにいた小野田は、シュッとしたモデル風の見た目に反し、深夜アニメの見過ぎでクマを作ったボーッとした顔で「助かるよ……」と力なく笑った。

そこで紹介されたのが、清掃リーダーの「ちゅら幸子」こと許田幸子だった。
「あら、可愛い子が来てくれたわね。今日からよろしくね、カナちゃん」
幸子が手際よくベッドシーツを整えると、シワ一つない芸術品のような空間が生まれる。その優雅な手つきと、包み込むような温かい笑顔。カナは一瞬で、このミステリアスで美しいリーダーの虜になった。
「仕事のあとは、景気づけに一杯いくわよ!」
幸子に連れられて向かったのは、桜坂の路地裏にあるロックバー『イーヴィルウーマン』。

経営者は清掃班サブリーダーの瀬良垣シェリー。45歳、日米ハーフの彼女は、かつて伝説の女性メタルバンドでギターを弾いていた本物のロッカーだ。

店内には重厚なベースラインが響き、カウンターの隅ではもう一人のサブリーダー・荒木智子が、県内誌『コミックハイサイ』の原稿をカリカリと描いている。
「これ、新しく出る沖縄クラフトビールの試飲。宣伝頼まれてるから、皆で飲んで!」
シェリーが差し出した冷えたグラス。小野田が「このラベル、萌えキャラにしたら売れますよ」と天然な提案をする横で、カナは一気に喉に流し込んだ。
ホップの鮮烈な苦味と、沖縄の湿った夜風。
「……私、ここで頑張ってみます」
昼寝ばかりしていた埼玉の娘は、ロックと泡盛の香りが混ざる不思議な社交場で、小さな一歩を踏み出した。
