前文 忘れえぬあの人へ。姉のような、母のような、時には親友以上のような繋がりを感じたあの人、連絡できなくなってしばらく経ちました。2026年の今、私は結婚して幸せな家庭を持っています。そしてあの楽しかった日々を思い出すことを楽しみにしています。 行く宛もなくSNSに2012年、22歳の私を書き綴ってます。許田幸子、いや、ちゅら幸子さん、みていたら返事してください。娘と一緒にあなたの声を待ってます。 ちゅら幸子さんへ、池宮城カナより
出会い編 第1話
『 私に掃除?無理無理!』
「うわあああ、第三次世界大戦の後は江戸時代になって、ダウンタウンの浜ちゃんが吸血鬼になって『ワシがなんでやねん』って言って怖かったー」
いつもの悪夢?を見たときのカナの反応である。一通り内容を吐き出して彼女の脈拍は安定するらしい。カナはいつもの天井を見た。
ヘヴィメタルの帝王オジーオズボーンが口から血を垂らしているジャケットのLPが貼り付けられている。もう見慣れた天井だ。
オジー、おはよう
朝のいつもの儀式は終わった。朝5時に起きる習慣は4月に沖縄に来て以来の習慣だ。
池宮城カナは埼玉出身、大学卒業後「お父さんの実家で、沖縄で就職したい」と言って父のいた部屋で過ごしている。
就職したいと言ったのは最初の勢いだけで、7月の今は完全にだらしがない生活になってる。ここは池宮城天ぷら店。カナの祖母池宮城カメが一人でやっているお店だ。4月に来たばかりの時は5時起きでいきなり天ぷら作りからさせられた。シーミー(清明祭)の季節で、朝から買いにくる人や、市場の卸業者が買ってゆく。そんな忙しい4月から5月連休までは緊張していたが、5月のあるドラマティックな出会いと別れ以来、その場所、国際通りと交わる沖映通り辺り周辺をあてもなく呑み歩きしているうちに
ゲストハウスと飲み屋をがセットになっている『サンゴ荘』に出会い、ここで夜通し飲んだりしているうちに観光客かなんだか分からない生活になっていた。でも飲まない日の翌日はきっちり5時に起きてしまう。
揚げたての天ぷらの匂い、それに線香の匂いも混じってきた。
ああ、朝だ。シャワー浴びなくちゃ。
タンスの中から黒のキャミソールとデニムのショートパンツと下着を取り出した。今着ているのが白のキャミソールだから自動的に黒にした。
コーディネートなんてめんどくさい。
めんどくさい。これが彼女の人柄の全てだった。散らかったビール缶にペットボトル。脱ぎ散らかした汚れ物。
カナは一階に降りて来て、祖母カメとはち合った。
「ばあちゃんおはよ」「おはよ。朝早いのは偉いけどね」
いつもの淡々とした会話。
風呂場に入ったカナは着てる物を脱ぎ捨てカゴに入れた。
鏡で自分の全身を見る。
スマートなのはいいけど、女らしくないよなー
小ぶりな胸を触って、いつも思うことを繰り返す。
シャワーは水。沖縄の夏はこれが一番。短い髪をサッと洗ってボディーソーブで全身を洗う。そしてシャワーで洗い流す時、
今日は何して過ごそう?まだ行ったことのない南部らへんとかいいな。
観光気分の抜けないカナであった。
シャワーが終わると、そろそろ市場の人が天ぷらの仕入れにやってくる。軽貨物車が来た。いつもの親戚のおじさんが声をかける。
「ハイサイ!ウキミソーチ(おはよう)カナちゃんいるねー?
「カナ、いつもの御指名。手伝いなさい。」いつものカメの声
カナは厨房から、天ぷらの入ったバケットを5、6箱車に詰め込む。カメが朝3時から揚げた黄金色の天ぷら。まだいい匂いがする。
「来月はお盆だからね。また忙しくなるよ。シーミーの時みたいにがんばってね。池宮城の天ぷらは人気だからね。」
軽貨物が去ってゆくと、カメは朝ご飯の準備をする。その間、カナは部屋でレコードをかけた。ヴァンヘイレンの「1984」から「パナマ」をかけた。父の100枚近いハードロック、ヘヴィメタルレコードコレクションをとりあえず聴いたうちのお気に入りのひとつだ。朝の目覚めにはいい。本格的なコンポセットのボリュームを絞って聞いた。
聞きながら、ノートパソコンを開き、SNSを開く。メールが届いていた。「小野田少尉」からだ。
小野田の奴、私がSNS始めてからやたらと絡んでくるようになって。しかも私の家の近くのホテルで働いてるって、沖縄狭すぎ!
問題の小野田少尉こと小野田寛志のメールをあけてみる。
「おはようカナくん。今日は特別司令だ。ホテルレキオパレスは人手不足だ。…お願い、清掃部のバイトに入って!お願いします。 なおこのメールは自動的に消滅する。健闘を祈る。 どかーん」
大学の先輩である小野田とは在学中仲良い間柄でオタク仲間だ。ふざけたメールには慣れているがこれは本気の求人だ。

私にホテルスタッフじゃなくてアルバイトの清掃?清掃なんて無理、無理!
つづく。

